AI生成が当たり前になった今、なぜ「人間くささ」が価値になるのか

こんにちは、GP鈴木です。
最近、SNSやWebサイトにきれいな画像や整理された文章が一気に増えましたね。何が要因なのかは言うまでもなく「AI」でしょう。ChatGPTをはじめ、Gemini、Claude、Gensparkなど多種多様なAIが勢力を伸ばしています。
整った構図のビジュアル、要約された文章。目を引くキャッチコピーも、生成AIを使えば短時間でつくれるようになりました。そしてAIは今、文章や画像をつくるためのツールから、仕事の進め方そのものを変える存在になりつつあります。
質問に答えるだけでなく、複数の作業を計画し、情報を集め、業務を進める「AIエージェント」も注目されています。とても便利ですし、私自身も考えを整理したり、アイデアの幅を広げたりするときにAIを活用しています。
しかし、整ったコンテンツが増えれば増えるほど逆に少し歪んだ文字や、誰かが書いたメモ、綺麗すぎない写真に目が止まることがあるな、と気づきました。
なぜ今、手書き感や不完全さのあるものに惹かれるのでしょうか!今回は、AI生成が当たり前になった時代における「人間くささ」の価値について考えてみます。
「上手につくる」だけでは差がつきにくくなった
まず大きな変化は、一定以上のクオリティーを持つものを多くの人がつくれるようになったことです。
文章を読みやすくまとめたり、画像の構図を整えたり、複数のアイデアを短時間で出したりすることは、以前より簡単になりました。
これまでは、上手に表現できること自体に大きな価値がありました。
しかし、AI生成コンテンツが増え、「それらしいもの」が大量につくられるようになると、完成度の高さだけでは違いが分かりにくくなっていきます。もちろん、上手であることに価値がなくなるわけではありません。
ただ、きれいに整っているだけでは、「誰がつくったのか」「なぜつくられたのか」が見えにくくなっているのかもしれません。
AIが表現の平均点を引き上げるほど、その人にしかない視点や経験が以前より目立つようになるのだと思います。
人間くささは、単に「下手」ということではない
ここでいう人間くささとは、雑につくることやわざと完成度を下げることではありません。
たとえば、手書きの文字。
同じ言葉でも、文字の大きさや線の強さ、少しの歪みによって書いた人の気持ちが伝わることがあります。

イベントの受付に置かれた手描きの案内や、誰かのために書かれたメッセージカード。整ったフォントより読みづらかったとしても、そこには「この人が書いた」という痕跡があります。
また、人間くささは、失敗や迷いの中にも表れます。
完成したものだけでなく、途中のラフ。うまくいかずにつくり直した過程を見ることで、完成品だけでは分からなかった背景や思いが伝わります。
人間くささとは、単に見た目をアナログ風にすることではありません。そこに誰かの選択や経験、誰かに届けようとした意思が残っていることなのではないでしょうか。
制作の裏側がコンテンツに
最近はSNSでも完成された広告だけでなく、制作の裏側を見せるコンテンツをよく目にします。
デザインのラフ案や、商品が完成するまでの試行錯誤。本番前の緊張した表情や、思わず笑ってしまうNGシーン。
完成品だけでは見えなかった人の思いやこだわりを知ることで、そのコンテンツを少し身近に感じることがあります。
「こんなに試行錯誤していたんだ」
「この人がつくっていたんだ」
そんな感情が生まれることで、ただ見るだけだったコンテンツから見る人との間に関係が生まれると思います。完璧な姿だけではなく、そこにたどり着くまでの過程も含めて見せる。AIによって完成品をつくりやすくなった今、制作の痕跡やストーリーそのものが新しいコンテンツになっていくのだと思います。

イベントには予定通りにならない価値がある
この流れは、イベントや体験づくりにもつながります。イベントは効率だけを考えれば少し不完全なメディアです。
決められた時間に会場へ足を運び、登壇者がその場で話し、観客の反応によって会場の空気が変わります。偶然隣に座った人と会話が始まることもあれば、予定していなかった出来事が起こることもあります。
同じ台本や演出であっても、まったく同じイベントをもう一度つくることはできません。しかし、その再現できなさこそが、リアルイベントの魅力でもあります。
完璧に編集された映像とは違い、登壇者が自分の言葉で話す瞬間。印刷されたメッセージではなく、参加者が自分の手で書いた言葉。用意されたコンテンツを見るだけではなく、会場にいる人たちが一緒につくり上げる空気、熱量。
そこには、「その日、その場所、その人たちでしか生まれない人間くささ」があります。
AIによってイベント制作の効率を上げられる部分は、これからさらに増えていくと思います。だからこそ、効率化して生まれた時間を人同士の対話や、その場でしか起きない体験に使うことが重要になるのではないでしょうか。

「人間くさいコンテンツ」について、上司と考えてみた
では、人間らしさをイベントコンテンツに落とし込むとしたらどのような形が考えられるのでしょうか。そこで今回、上司と「AI時代に価値を持つ、人間らしいコンテンツとは何か」をテーマにブレストしてみました。
話し合う中で改めて感じたのは、イベントにおける人間らしさや温かみ、そして一度きりの価値はやはり「プレゼン」に表れるということです。特に、経営者やトップから社員へ向けたメッセージには、文面だけでは伝わりきらないものがあります。
声の大きさや抑揚。
言葉を選ぶまでの間。
表情や視線。
その場にいる人の反応。
同じ内容であっても、メールや社内資料で読むのと、本人が目の前で語るのとでは、受け取る印象が大きく変わります。言葉に詰まることや、予定していた表現から少し外れることもあるかもしれません。しかし、そうした完全には整えられていない部分からこそ、本人の熱量や覚悟、メッセージを伝える意義が感じられることがあります。
また、プレゼンは登壇者だけで完結するものではありません。会場の緊張感や参加者のうなずき、笑いや拍手によって、その場の空気は変化していきます。その瞬間に生まれた感情や反応は、後からまったく同じ形で再現することはできません。
AIは、プレゼンの構成を整理したり、伝わりやすい表現を提案したりすることができます。一方で、なぜ今この言葉を伝えるのか。どのような思いで話しているのか。その熱量を受け取る体験は、本人がその場で語るからこそ生まれます。
今回のブレストを通じて、イベントにおける人間らしさとは、手書きやアナログな演出だけではなく、人が人に直接語りかける瞬間そのものに宿るのではないかと感じました。

完璧につくれる時代に人の気配が残る
AI生成が当たり前になった今、きれいな画像や正しい文章は、これからさらに増えていくでしょう。だからこそ、少し歪んだ手書きの文字や制作途中のラフ、本人の言葉で語られる失敗談が、以前よりも新鮮に見える。そしてイベントは、その場所に集まった人々の熱気とその場限りの「瞬間」で作られていきます。
人間くささとは、完璧につくれなかった結果ではありません。迷いや失敗も含めて、自分の経験から誰かを思って選んだこと。その人にしかない視点や判断を、あえて消さずに残すことです。
AI時代に人間らしさが突然価値を持ち始めたわけではありません。AIによって整ったものが増えたことで私たち人間は改めて人の気配が持つ価値に気づき始めています。

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